「手をかければかけるだけ良いブドウが取れる訳ではない。」

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

農業の難しさは、「努力が報われるとは限らない。」ところにある。
天を味方にし、科学的にアプローチしない限り継続的に成果が上がらない。

本人の間違った思い込みや非科学的な手法で栽培すれば、
「手をかければかけるほど徐々に成果が上がらなくなる。」

X字型長梢剪定は、まさにその典型である。
この基本的栽培技術が習得できていない人を私は信用しない。
こんなシンプルな樹形を維持できないで、ブドウ栽培を語ることは嘆かわしいことである。

短梢剪定栽培しか出来ないということは、ブドウ栽培の面白さの一割しか理解していないのと同じである。

栽培者が主でブドウが従という「上から目線」の関係からは、思い上がりとこだわりしか生まれない。

その関係が逆になってこそ、「ブドウをリスペクトする」気持ちが芽生えるはずである。
良い栽培者は、素直で謙虚である。

今年も真摯にブドウ栽培に取り組むことの喜びを感じながら日々精進したい。


甲府

 宮島甲府市長との無尽会。無尽を知らない人は、、ググってください。
忌憚ない意見交換をさせていただきました。
「なぜ、大物政治家が庶民感覚とかけ離れた選択をし、晩節を汚すか」とか
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)」とか
「政治家の資質の中で最も重要な事とは」とかのご意見を伺いながら
私も意見を述べさせていただいた。

太宰 治は、『新樹の言葉』の中で、「シルクハットを倒(さか)さにし、その帽子の底に、小さな小さな旗を立てると、甲府になる」と言っていたが、
100年後も甲府は、粋でおしゃれな街になっているだろうか。

府は、世界一民度の高い町を目指したらどうかと提言した。リニアが止まるとか東京に近いという地の利を生かせとかいろんな意見があると思う。でもそれは、甲府でなくても可能な事。
公共交通機関とか、アクセスの改善とか問題は山積みで、箱モノも不十分である。無い物ねだりをしてもしょうがない。

一人ひとりが「おもてなしの心」を持ち、この街を愛すればいい。

武田信玄公の時代から「人は石垣人は城」と言われていた。

一人ひとりが出来る事があるはずだ。、
全ての人に心地よくやさしい町作りをすれば、自然と人は、集まってくる。ケネディ大統領就任の演説と同じく「一人ひとりが甲府市に何が出来るか」という観点で動けば、道が開かれるはず。

「あいさつ」と「クリーンな街」、「笑顔」と「ありがとう」と「親切」これだけでいいと思う。

締めの挨拶で私の提言を踏まえて、好意的な意見を頂いた。

ワインというツールを通して、私にしか出来ない事を真面目にコツコツと取り組んでいきたい。
愛する郷土が、300年後もワイン産地として今以上に輝いているために。


萌芽の季節

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 今年は、3月が暖かく生育が8日ほど早まっている。
剪定が3月31日に終わり、結果枝の芽キズ処理と誘引、棚の中杭の高さ調節、台木、幼木の移植など順次行う。更に桃の花も早く咲きだし、摘蕾ができず摘花をする。
甲州 萌芽
甲州種の芽キズ処理
甲州の涙

その間、ワイン関連のお仕事があり、セミナーや原稿書き「若手の会」の集まりなど忙しく過ごした。
2月から研修に入ったK君の頑張りや週に一度お手伝いに来るS君の活躍で何とか仕事がやや遅れながらも順調に進んでいる。というか、そもそも生育が早すぎ。
K君は結果枝の誘引は、一度でほぼマスターした。合格点の80点。特に驚くことではない。こんな簡単な事でさえ出来ない人もいるが、誘引が出来ない人が剪定をできる筈がない。これは、長梢剪定栽培の事である。

そんな訳で休眠期防除は、やらないというかやれなかった。たぶん問題ない。根拠もある。
明日から、チッパー処理。境川の雨除けの修理、レインガードの設置などやる事あり過ぎ。


目的と手段

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剪定は、「目的」ではありません。「手段」です。
本来の目的は、良いブドウを安定的に生産することであり、
その目的のために剪定という「手段」を技術として利用するのです。

そして、ブドウ栽培するのは、人生の「目的」ではなく、
人生を充実させるためのひとつの「手段」です。

農業は、職業でなく生き方であり、日常そのものです。

ワイン・ブドウ業界で自分の価値を上げ、居場所を確保しようとするのなら、
辞めた方が良いでしょう。そういう「欲」を持つ人に一番向いていない世界です。

農業を志す時、君の人生の目的を考えてください。
農業でなくてはならない理由をもう一度考えてください。

どんな人生を望むのか、その目的さえ答えられない人が、
農業を志すなんて、所詮無理なことです。

確かに農業は生きてゆく上では一つの手段ですが、
誰でも幸福になれる訳ではありません。
農業は神様に一番近いところにある職業だからです。

覚悟

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 農業を志す上で何が重要かといっても、そんなに特別なことはない。

ブドウ栽培する上でその適正は、と問われれば、「謙虚さと素直な心」しかないと思う。
簡単な事を丁寧に早くやれるかどうかで、その人の年収が決まってしまう世界。

零細で収益性の低い業界の自営業ということを頭で理解していても、
「これほど大変だったとは、思わなかった。」の一言で新規参入者は、去ってゆく。

「覚悟が足りない。」

閉鎖的な農村社会や農家に問題があると彼らは言う。
耕作しない農地を貸さずに荒れ放題にしている農家は、どうするつもりなのかと彼らは言う。
そもそも農業政策、国が間違っているのだと彼らは言う。

覚悟が足りない農業未経験者のよそ者に、農地を貸せるかと農家は言う。
農業生産法人でなくても、専業農家で立派な経営をしている人もいる。

世界中で誰かが割に合わない仕事をしているから、農業が成り立っていると私は思う。

今、農業に携わっている人の質の問題と農業問題を同列で語るから、勘違いされる。
新規参入者は、増えているが、かなりの比率で脱落している人たちがいることも、
質の問題だと思う。
参入のハードルを下げた事の弊害も出始めているが、よりマシな状況になった事に違いはない。

農家は、たとえ縮小し兼業化してもその地域で生きて行く覚悟がある。
条件がいいから耕作しやすいからそこにいるのではない。
農家は、その土地にしがみついて生きてきたからこそ、結果的に安定生産が可能だったのだ。
いつの世も良い年ばかりではない。凶作になったから、「農業やめます。」と言っていたら、もっと農業は衰退していた。

「その地で農業を諦めない覚悟こそが農家の本質である。」

自分が生まれ育った土地に、父や祖父が汗水流していた土地が、そこにあるから守っていきたいのだ。簡単な事では、貸せないし、手放すことなど考えられないはずである。

だから、「ここに骨を埋める覚悟で来ました。」と言っても、挨拶一つも十分にできない人間を信用する訳にはいかないのだ。

「本当の覚悟とは、逃げ出さない事である。」

私自身も、正直言って何度か逃げ出したくなったこともある。それはそれで大変なことではあるが、
本当の覚悟が出来ていれば、そうした状況にならないように努力するものである。

選択肢の中に「逃げる」という答えがないということこそが、覚悟があるということである。

やはり、試練は、その人を試すためにあると思う。

政治家にもその覚悟があるのか一人ひとりが見極めなければならない。





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